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2022年7月10日 (日)

六町神社の石仏(足立区六町)

足立区六町はつくばエクスプレス六町駅が出来てから大きく変貌しつつある街。この辺りはもともと花畑村の六丁という字名の地だったが、今の六町駅あたりが西の渕江村との境界だったようだ。今でも花畑村は南花畑という町名に残っている。六町駅は地下駅だが地上に出て東に向かうとすぐに六町神社がある。

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実は六丁は竹ノ塚神社域の飛地であったため、住民は遠く本村の氏神である八幡神社や竹ノ塚神社の二社に参拝していた。ただし六丁では清水清家の邸内社である三峰神社も崇拝してきた。清水家は現在の神社の東側にあった旧家で、その関係で六町神社の狛犬はオオカミ狛犬になっている。

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鳥居の前にある石柱は意外に古そうな道標。道路側が正面にあたり、「鷲大明神 矢納弁才天 道」とある。方角に合わせて立っており、他の面には「東、八条領 二合半領、道、榎戸 八丁 千住 壹里」、「西 此道馬ひく編可ら須」、そして北側には「▢永二年酉二月」とある。年号の▢は宝永であれば(1705)、嘉永であれば(1849)にあたる。西の意味はこの道馬を引くべからずとなるが何故かはわからない。

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西の道路側に石仏が多数並んで祀られている。左から庚申塔、標柱、丸彫地蔵座像、舟型地蔵(とろけ)、首と祠、祠、駒型の供養塔、駒型の弁財天である。摩滅が激しくて文字が読めないものが多い。

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庚申塔は最初祠かと思ったが大きな笠の笠付角柱型の庚申塔である。造立年は寛政5年(1793)正月とある。青面金剛像、邪鬼、三猿が彫りこまれており、青面金剛像は左手に小さなショケラを下げている。台石には多くの願主名が刻まれている。やはり清水家、伊藤家が多い。

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右端の2基が興味深い。小さい方は摩滅してボロボロになった供養塔だが、造立年は天保11年(1840)10月の紀年が読める。願主名も仙▢とある。右の駒型の石仏は弁財天。「花又村 施主 中村▢▢▢ 不動院」とある。花又村は花畑村の誤字だろう。造立年は宝永3年(1706)9月とある。弁財天は稀に蛇頭女として描かれることがある。これもその一つであろう。

場所  足立区六町1丁目12-16

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