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2022年8月12日 (金)

善照寺の石仏(江戸川区東小松川)

善照寺は真言宗の寺院、創建年代は不詳ながら、1500年頃とされ、江戸時代初期に中興している。慶安元年(1648)には幕府より御朱印状を拝領し、元禄時代に寛永元年に横綱となった明石志賀之介が引退相撲を境内で行ったことからそれ以降毎年草相撲が行われ、相撲寺と呼ばれるようになったという。江戸時代は大関が最高位で番付上横綱はなかったが、大名の後押しでプラスアルファの役付けとして存在したらしい。

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門の奥には立派な山門があり、いかにも大きな寺院だったことが分かる。小松川周辺は大正時代以前は荒川が掘削されていないので、中川以東は陸続きの平坦な農地だった。現在の小松川緑道の北西側が西小松川村、南東側が東小松川村で、善照寺は東小松川村にあった。すぐ西には善通寺という寺があったがこれは今の江戸川競艇場辺りになる。また小松川を挟んで来たには神明祠があり今は西小松川天祖神社となっている。

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本堂手前右側には大きな宝篋印塔が対の立派な燈籠を露払い太刀持ちのようにして立っている。宝篋印塔は享保12年(1727)10月で、手前の対なる燈籠は天明4年(1784)3月の造立。燈籠にはそれぞれ「奉為高祖九百五十遠忌報恩謝徳也」とあるので、弘法大師空海の遠忌塔として建てられたのだろう。

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山門近くに多くの無縁仏が集められている場所があり、様々な石仏があって面白いのだが、その中に複数の興味深い石仏があった。上の写真は頂部と脇が欠損しているが、地蔵菩薩像の左肩に「庚申待供養(結衆)」という文字が見える庚申地蔵である。左下に紀年があるようだが見えない。寛文12年(1672)8月とあるようだ。

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前述の庚申地蔵は上の写真於右下のものだが、そのすぐ後ろに頂部が欠損した青面金剛像が見える。現在は石仏の間が詰まっていて文字を読むことができないが、下の方に宝永8年(1711)2月の紀年があるという。主尊は青面金剛なのだが、三猿などは無いようである。その後ろの自然石による巡拝塔は「月山・湯殿山・羽黒山 奉造立…」とあり、裏側に回ると弘化2年(1845)11月の造立年が見られた。

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無縁仏塔の反対側(左側)には六地蔵と八観音がきれいに並んでいる。どれも同時代に造立されたもののように見受けられるが、六地蔵はすべて座像で、基壇のひとつに天明3年(1783)の造立年が刻まれている。後ろの左から4番目の観音は馬頭観音である。これだけ揃うと誠に壮観で、しばし見入ってしまった。

場所  江戸川区東小松川3丁目3-19

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