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2022年8月10日 (水)

円性寺の石仏(足立区東和)

真言宗の円性寺は江戸時代初期の開山とされる。訪問時は境内の大掛かりな改修工事が行われていた。山門は飾り気のないもので、山門を入ると正面に本堂があるが、この本堂は昭和57年(1982)に再建されたもの。円性寺は「えんしょうじ」と読む。

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この辺りは東和という地名になる前は昭和中期まで蒲原(かばら)町といい、すぐ南が北三谷町であった。農村地帯で水路があちこちに張り巡らされた平坦な土地だったが、江戸時代の初期にこの寺に墓所のある河合平内なる人物らが開拓した。

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山門内すぐ左側には堂宇があり、願掛け地蔵の石碑が立っている。堂内には丸彫の地蔵菩薩像が祀られていた。造立年は享保12年(1727)9月とあり、「施主 源兵衛 女講中」と書かれている。地蔵講なのか念仏講なのかは分からない。

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山門入って右側には2基の角柱型の石塔が立っている。右側は真言宗の寺院には必ずと言っていいほどある弘法大師供養塔で、造立年は天保5年(1834)3月。正面には「南無遍照金剛」とあり、基壇前面に「惣且中」と書かれている。惣且中の意味は分からない。左の角柱は巡拝塔で、正面には「坂東西國秩父百番供養塔」とあり、造立年は文化2年(1805)9月。蒲原村や北三谷村の願主名が見られる。

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墓所の方に回り込むと、3基の庚申塔がまとめられていた。中心は大きな笠付角柱型の庚申塔で、擬宝珠もきれいに残っている。側面には蓮の華葉が陽刻され、正面には青面金剛像、その下に一猿、一鶏が彫りこまれている。この組み合わせは極めて珍しい。造立年は寛文6年(1666)10月で、「奉造立庚申供養二世安樂処」と書かれている。江戸時代の庚申信仰が広まり始めたころの初期のものである。

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左後ろにあるのは駒型の庚申塔で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄である。造立年は宝暦9年(1759)9月で左側面に刻まれていた。

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右側にあるのは駒型だが文字が刻まれた庚申塔である。「奉▢立庚申橋供養二世安樂」とあり「施主 同行 拾五人敬白」と書かれている。円性寺の北側の環七南通りはもともと用水路だったところに造られた道で、橋はあちこちにあったと思われ、橋の供養塔も兼ねているのだろう。下部に凸凹が見られるが、じっと見ていると三猿が描かれていたのではないかと見えてくる。ただかなり剥離と摩滅が進んでいるので確かではない。

場所  足立区東和1丁目29-22

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