正覚院の石仏(足立区花畑)
足立区花畑にある真言宗の寺院正覚院の創建は不詳ながら平安時代中頃に開かれたと伝えられる。江戸時代は花又村の鎮守であった大鷲神社の別当寺でもあったようだ。鷲王山正覚院寳蔵寺という正式名で山号に大鷲神社の鷲が使われている。
本堂までの間の参道にいくつかの石仏が祀られている。江戸時代に花又村だったのが明治時代の地図には花畑村と記されている。正覚院の東側の小字は外河原、南が前通、西が會組という地域で、東隣の福寿院の方が大鷲神社に近いが古刹という点では正覚院よりもかなり新しく、明治時代以前の人口もこの辺りに集まっていたようだ。ただし江戸時代は正覚院の南側はすぐに保木間村との村境でもあった。
参道途中にあるこの3基の石仏が極めて素晴らしいもので、とりわけ中央の板碑型の庚申塔は東京都内の江戸期では最古の庚申塔とされている。造立年は元和9年(1623)4月で、阿弥陀三尊来迎像が薄く彫りこまれ、その下には「奉待庚申供養成就所」とある。武刕花又村の銘がある。右の舟型光背型の石仏は阿弥陀如来立像で、こちらは元禄10年(1697)7月の紀年がある。尊像脇に「庚申供養二世安楽所」とあることからこれも庚申塔である。左は五輪塔で、こちらは最も古く元和8年(1622)10月の造立。妙性禅尼という尼さんの追善供養に建てられたものらしい。
手前にあるのが2基の供養塔。どちらも角柱型で、右側の大きい方は「西国秩父坂東供養塔」と書かれている。造立は天保3年(1832)9月で、台石には「當村」とあり多くの願主名が並ぶ。左側は普門品(ふもんぼん)供養塔とあり、文久3年(1863)9月の造立。台石には外河原、會組などの地名も見られる。普門品というのは法華経の教えで観音菩薩の御利益を説いたものらしい。
場所 足立区花畑3丁目24-27
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コメント
こんにちは。
ここの普門品塔ですが、造形が近代的なので年記は1863(文久3)年のように思えました。
投稿: 伊 謄 | 2026年9月19日 (土) 03時12分
伊 謄さん
ご指摘ありがとうございます。写真を再確認しました。確かにかすれていましたが文久が正しいですね。今後ともよろしくお願いいたします。
投稿: ぼのぼのぶろぐ管理人 | 2026年9月20日 (日) 08時13分