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2022年11月 7日 (月)

不動院の石仏(足立区南花畑)

足立区南花畑は単純に花畑の南にあるのでそう呼ばれるのだが、旧町名は花畑町、保木間町、内匠本町などで、不動院は江戸時代は保木間村に属していた。ただ綾瀬川が曲がるこの河畔は明治に入った頃は内匠新田とよばれたが、花又村になった頃の地図では花又榎戸となっている。

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不動院の山門は珍しい北向き。江戸時代はこのすぐ先を綾瀬川が流れていた。その名残りとして古綾瀬川流路跡が残っており、なおかつその川筋が東京と埼玉県の境になっている。不動院は真言宗の古刹で、創建は天喜2年(1054)と古い。

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山門脇には舟型の地蔵菩薩坐像がある。台石には「三界万霊」と書かれており、造立は安政6年(1859)7月とある。その手前にあるのは寺の案内道標。山門をくぐって右手に本堂があり、正面に庫裏。本堂は東向きである。

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本堂脇に4基の庚申塔が祀られている。一番右は駒型の文字塔。日月があり、正面に「庚申塔」と大きく彫られている。脇には「天下泰平」の文字があり、台石には「榎講戸」とあるが、これは榎戸の講中ということであろう。造立年は弘化3ねん(1846)11月である。左の駒型の庚申塔は上部が平たくなっており、青面金剛像、邪鬼の図柄。紀年は見当たらない。

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その左にも駒型の庚申塔。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿があり、青面金剛像は左手にショケラを下げている。三猿の下には別の台石がありまた三猿があるが、これは後付けだろう。造立年は明和4年(1767)2月と書かれていた。一番左は板碑型の庚申塔で、下部に三猿が陰刻されている。造立年は寛文7年(1667)10月と最も古いもの。中央には「奉待庚申二世安楽所」とある。

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庚申塔のさらに奥に在ったのが弁財天。手前の石碑には蛇躰の仏(宇賀神)が描かれ、矢収弁財とあるがこれは矢納(やおさめ)弁財天の誤字だろうか。造立年は嘉永2年(1849)11月。源義光が後三年の役の折、戦勝祈願をし矢を納めたことから起こった神社である。社内に鎮座する弁財天本尊は12年に一度しか開帳されない。次は2025年らしい。

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無縁仏塔の中に舟型光背型の地蔵があり、何となく違うと思ったら、念仏講中によるものだった。「奉造立念仏講衆二世安楽所」と刻まれ、紀年は自信がないが宝暦10年(1760)と書かれているように見える。

場所  足立区南花畑3丁目25-8

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