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2022年11月26日 (土)

光明寺の石仏(江戸川区船堀)

江戸川区船堀にある光明寺は真言宗の寺院。創建年は慶長9年(1614)で、大坂冬の陣の年(当時は大阪ではなく大坂)。江戸時代光明寺は「横道の不動様」として知られ、成田山への参詣途中に立ち寄る人も多かったという。

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寺のすぐ東側をかつては境川という小河川が流れていた。現在では親水公園として河川跡に遊歩道が設置されている。江戸時代この辺りは東船堀村で、明治になってからは東船堀は大字になったようだ。江戸時代には荒川は存在しなかったので、旧中川番所の渡しを経て船堀川(新川)沿いに東進、境川が出合うと北に向かって光明寺前を通り、一之江を経て成田山方面に街道が繋がっていた。

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山門脇に複数の石仏が並んでいる。一番右にあるのがこの駒型庚申塔。造立年は享保6年(1721)9月で、日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄である。側面には「奉供養庚申ノ為二世安楽 敬白」とあり、「當寺▢▢」とあるので当初から光明寺前に在ったものだろうか。

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その左にあるのが舟型光背型の地蔵菩薩立像。造立年は享保12年(1721)10月とあり、「奉供養為二世安楽也」と刻まれている。念仏供養のための造立だろうか。

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その左、山門脇にあるのが上の写真の右の駒型庚申塔と左の聖観音菩薩。右の庚申塔は宝暦8年(1758)11月の造立で、日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。青面金剛の左手にはショケラが下がる。ゼニゴケが付着しているが、「二世安楽所、講中、奉造立青面金剛」などの文字が確認できる。左の舟型光背型の聖観音像は享保19年(1734)11がつの造立。「奉納為二世安楽也」という文字が刻まれている。

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山門の左側に立つ舟型光背型の聖観音像はかなり摩滅が進んでいる。文字を辿ってみると、造立年は古く、寛文11年(1671)正月とある。右側に書かれている偈文は読み取れなかった。地図を見ていて興味深かったのは明治時代の地形図ではこの辺りの標高は1m程度になっているが、現在の地理院地図の標高はマイナス1mとなっている。やはり2mほど沈下しているのだろう。

場所  江戸川区船堀6丁目8-18

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