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2022年11月 5日 (土)

十三仏堂の庚申塔(足立区竹の塚)

足立区竹の塚を南北に走る旧日光街道は江戸時代、将軍の日光御成道として栄えた街道である。その街道筋に面した袋地の奥にあるのが十三仏堂。十三仏堂の創建は不詳だが江戸時代初期の石仏石碑が境内にはある。

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このお堂は旧保木間村の三ノ輪厨子によって守られてきたとあるが、厨子というのは仏壇のような観音開きのものを指すので、おそらくは職人集団のようなものだろう。堂内には入れないが、中には十三仏のうちのほとんどがあるらしい。十三仏とは、初七日から三十三回忌までの十三回の追善供養のために組合わせた仏のことで、不動・釈迦・文殊・普賢・地蔵・弥勒・薬師・観音・勢至・弥陀・阿閦・大日・虚空蔵を指す。

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お堂の裏側に回り込むといくつもの石仏石碑が置かれていた。上の写真は駒型の庚申塔。正面中央に大きく「庚申塔」とあり、側面には造立年が、天保9年(1838)3月と記されている。その下には「三輪講中」とあるが、これは十三仏堂を守ってきた三ノ輪厨子のことであろう。

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五輪塔の手前に立てかけられるようにしていたのが板碑型の庚申塔。下部には三猿が陽刻されている。造立年は寛文11年(1671)2月で、中央には「奉納庚申供養諸願成就 ▢▢ 敬白」とあり、三猿の下には12人の願主名がある。

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その右手のいくつかの石仏石塔がある左端には駒型の庚申塔があった。文字をよく読まないと庚申塔とは分からないが、正面には「奉供養庚申待」と書かれている。下部には願主名が並び、造立年は元禄3年(1690)10月とある。

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右の端には上部が欠損した地蔵があり、その脇に在ったのがこの板碑型の庚申塔。中央に刻まれた文字は「奉造立庚申供養安楽之所」と書かれている。造立年は承応3年(1654)4月で、「人数八人」と右下にあるが、左下の文字が読み取れなかった。これらの他にも少し新しいと思われる舟型の六地蔵や「甘▢▢塚」と刻まれた石塔があったりして、子供ならかくれんぼをしてビビるような雰囲気の堂裏であるが、400年の歴史がひっそりと佇んでいるような落ち着く場所でもあった。

場所  足立区竹の塚5丁目34-14

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