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2022年12月22日 (木)

柴又帝釈天(葛飾区柴又)

フーテンの寅さんで日本人なら誰でもその名を知っている柴又帝釈天。正式には日蓮宗の題経寺というお寺である。創建は江戸時代初期の寛永6年(1629)だが、安永8年(1779)の本堂改築の折に梁の上から日蓮上人の自刻と伝えられる帝釈天像の版木(板本尊)が庚申の日に発見され、柴又帝釈天として有名になった。

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以来発見の日に因んで庚申の日を縁日として、江戸では有名な「柴又の帝釈天」として多くの参詣者がいる寺院となった。二天門も見事で、その正面は本堂ではなく帝釈堂である。本堂は右に並ぶ建物。江戸時代の新編武蔵風土記に描かれた題経寺はもっと質素な感じだが、いつからこんなに豪華になったのだろうか。

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二天門と南大門の間にひっそりと立っていたのがこの帝釈天出現由来碑である。この碑は弘化2年(1845)5月に建てられたもので、前述の由来を漢文で記してある。

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個人的に興味をそそったのはこの草木供養の碑である。東京には8基ほどあるが、その他は殆ど山形県置賜地方に集中しており、全国で170基程度で県外では20基ほどしかないもの。勿論新しいもので、東京造園組合が60周年記念で平成16年(2004)に建立したものである。題字は石原慎太郎(当時の東京都知事)による。

場所  葛飾区柴又7丁目10-3

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コメント

こんにちは。
帝釈天に細長い竿石の上に三猿が乗った石造物があったのですが、1988(昭和63)年に出されていた『葛飾区石造建造物調査報告』で、柴又の題教寺に載っていた1889(明治22)年の庚申三猿竿灯(仮称)だとわかりました。ですので、これも庚申塔の類と捉えていいのかなと思います。

投稿: 伊 謄 | 2023年12月24日 (日) 03時05分

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