夕顔観音道標(葛飾区西水元)
葛飾区西水元は中川の左岸の地域。ここには安福寺という寺院があり、江戸時代「夕顔観音」で多くの参詣者を集めた。当時飯塚村という土地だった頃、寛文8年(1668)のこと、村人の関口治左衛門が夢のお告げにより家の傍の松の木の根元から掘り出したという観音菩薩像を拝みに多くの人々がやってきたという。
多くの人々がやってきたのは、参詣者に販売していた村人が製造する「夢想の良薬」というものを求めたことも一因だったようだ。そんな門前の町の一角に正面に「夕顔観音」と大きく彫られた石柱が立っている。右側面には「奉読誦普門品十万巻」とあり、宝暦9年(1759)2月の造立年が刻まれている。
左面には「武列葛飾郡東葛西・・・」とあるが下から20㎝の辺りで折れた形跡があり文字が補修材で消えている。裏側には「講中」とあり、その下には沢山の願主名が刻まれていた。前述の夕顔観音を堂宇にお祀りしたとされるのが、元禄15年(1702)だから、沢山の参詣者が来るようになって迷わないようにとこの道標が建てられたのだろう。
場所 葛飾区西水元1丁目28-19
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