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2023年4月26日 (水)

西新井大師の石仏(足立区西新井)

関東三大師はどうもはっきりとはしていないようで、正月になると佐野厄除大師、西新井大師、川崎大師の宣伝が増えるがどれが正しいというものはない。しかし規模的には西新井大師は有力である。東武伊勢崎線の西新井駅で大師線に乗り換えると、昭和の雰囲気の電車が大師前駅に到着する。駅からは東側の光明殿を過ぎて山門まで少し歩く。山門も本堂もすこぶる立派で豪華である。

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山門をくぐり本堂へ向かうと左手に塩地蔵の堂宇がある。塩地蔵はあちこちにあるが、概ねどれも自分の身体の具合の悪い所と同じ地蔵の身体に塩をぬって祈ると快癒するという信心である。

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塩をぬると金属はもちろんのこと石地蔵や石観音でさえも腐食していき段々小さくなっていく。塩地蔵の造立年等は一切分からないが、立て札には「江戸時代より特にいぼ取りその他に霊験ありと伝えられ、御堂内の塩を頂きその功徳ある時、倍の塩をお返しする」という慣わしのようである。

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塩地蔵の裏手には三匝堂(さんそうどう)という一見三重塔に見えるが、江戸時代の栄螺堂(さざえどう)の一種らしい。その手前にポツンと自然石の庚申塔が立っている。石をぐるりと見まわしてみたが「庚申」の文字以外には情報がない。もちろん造立年も不詳である。

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本堂の左手裏に周り、女人堂の裏手に回ると沢山の石仏がある。TATSUさんの「東京都の庚申塔」でここに阿弥陀三尊像がありそれが庚申塔らしいということを知った。隙間がなくて困ったが中央の半分隠れた石仏がそうではないかと推定。見慣れない像形なので実際に見ても自信がない。

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駅の方に戻り光明殿に入る。隅にある大きなお堂は六角堂かと思いきやよく見ると八角堂である。その裏手に沢山の石仏が並べられているが、その中の一基が足立区の資料によると板碑型の庚申塔らしい。造立年は寛永13年(1636)11月と極めて古い庚申塔で、「奉待庚▢▢願▢▢供養所 敬白」と刻まれているようだ。

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八角堂の脇の竹藪の中には自然石の大きな庚申塔がある、文字は残念ながら読み取れない。資料によると「奉待庚申」と書かれているようだ。造立年も不詳である。

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光明殿の裏手にはいくつもの石仏が打ち捨てられるように置かれていた。この庚申塔はその一つである。正面には「庚申塔」と書かれ、その下に三猿の痕跡がある。右脇には安政4年(1857)5月の造立年と「両国薬研堀」の銘がある。

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そのすぐ近くに横たわっていた深い根っこのような基石の地蔵菩薩像だが、この舟型光背型の地蔵も庚申塔である。造立年は文化元年(1804)9月。「西新井村惣津寺 庚申待講中 願主 元明」と刻まれている。並んで横たわっているのは読誦塔のようである。どうも大きな寺院は苦手である。石仏探してうろうろ1時間以上巡ってしまった。

場所  足立区西新井1丁目15-1

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