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2023年5月18日 (木)

回向院の石仏(墨田区両国)

JR総武線両国駅の南にある浄土宗の回向院は、江戸時代最大の明暦3年の大火(振袖火事:1657)の死者を埋葬したのが起源。明暦の大火の死者数は諸説あるが10万人超という説もあるが、数万人というのが有力だと言われている。当時の江戸の人口が60~70万人だったことを考えると1割前後の人々が焼死したことになる。

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その後江戸町民の身近な寺院となり、勧進相撲なども行われ、現在の国技館が両国にある所以でもある。その後さまざまな災害の被害者を弔う寺院として、水難被害者、船舶事故被害者、安政大地震の被害者、関東大震災の被害者など、多くの災害による被害者の供養の象徴でもある。

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海難供養塔も多数あり、その中でも一番古いのがこの珍しい帆掛け船の形をした供養塔である。造立年は寛政元年(1789)で「勢州白子三州高濱船溺死一切精霊」という供養塔。並ぶ供養塔の中ではもっとも小さいものだが、危険を負いながら海に消えていった船乗りたちの供養塔らしいものである。

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廻船水難者の供養塔の前に在った石仏で目立ったのはこの笠付角柱型の石仏である。正面に阿弥陀如来を配したこの大きな石仏は念仏講中によるもののようである。造立年は寛文4年(1664)8月で、「南新堀大川端」の銘がある。明暦の大火の7回忌のものだろうか。

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供養塔群の裏手、水子地蔵の脇に立派な地蔵六面幢がある。造立年は寛政4年(1792)8月。正面には「回向院拾七世 南無阿弥陀仏」とあるが、「安政2年10月2日夜四時大地震…」とあることから、安政の大地震の供養塔と思われる。

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塀に近い隅に生垣があり、「鼠小僧供養墓」の説明を書いた紙が貼られている。鼠小僧は実在の盗賊で、寛政9年(1797)に生まれ、天保3年(1832)に浅草で処刑されている。その生垣の中に3つの小さな石仏があり、その中央にあるのが上部欠損しているが三猿が描かれた庚申塔である。右面には正徳5年(1715)4月と刻まれているが、左側面には元禄12年(1699)9月の紀年がある。戒名があることからどちらも没年であり、造立年ではないようである。

場所  墨田区両国2丁目8-10

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