墓地の石仏(三鷹市新川)
都道110号人見街道は古くからの街道で、三鷹市で仙川を野川宿橋で越えた先の街道沿いにブロック塀と万年塀に囲まれた墓所がある。特に何の表札もないので、どこの寺の境外墓地なのかは分からない。ただ明治時代からここに墓地があるのは古い地図から見て間違いない。
江戸時代この辺りは街道筋の宿場の外れだったようで、明治時代までは一面桑畑だったようだ。覆屋の中に祀られていたのは、丸彫の地蔵菩薩坐像。造立年は寛政8年(1796)12月とある。基壇正面には「奉建立地蔵菩薩二世安楽」と書かれ、右側面には造立年と「念仏講中29人」、左側面には「武州多摩郡野川村 領主 鈴木作右衛門」の銘がある。
すぐそばにあった地蔵菩薩六角幢もなかなか立派なものである。ところが意外と新しく、造立年は明治17年(1884)10月。基壇には「奉建立六地蔵尊」とあり、「北多摩郡新川村」の銘と多数の女性名が並び「女念仏講中」の文字が見える。
場所 三鷹市新川6丁目28番地
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