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2023年12月18日 (月)

車返八幡神社の石仏(府中市白糸台)

府中市東部の甲州街道は江戸時代の初期には今の旧甲州街道ではなく、飛田給駅の近くの飛田給薬師堂で現在残っている旧甲州街道の道筋よりも南側を西に向かっていた。この道は品川道でもあるが、東府中駅まではこの南側のルートが江戸時代初期の甲州街道だった。この品川道よりもさらに南に通っていたのがハケの道、あるいは筏道と呼ばれていた街道で、この道沿いにも歴史的な痕跡が多い。

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おっぽり坂の坂下を過ぎて、白糸台通りの上を越えると右手に大きな銀杏の樹が見えてくる。これが車返八幡神社で、隣接する本願寺が別当寺。鳥居をくぐると、本殿の手前左側に石仏石碑が並んでいる。

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右端の笠付角柱型の石塔は庚申塔。造立年は安永4年(1775)3月とある。府中市の資料によると笠は別物を載せたらしい。正面には「奉造立青面金剛為二世安楽」とあるが、青面が青百となっているのはいかにも江戸時代らしい。

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石塔の下部には複数の願主名が刻まれている。田中、小勝、加藤姓が複数ある。周辺には小勝姓よりも雄勝姓が多くみられたように思う。左の櫛型角柱型の石塔は不詳。

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その先には上部が欠損して下部のみが残された自然石の石塔がある。元々は庚申塔の文字が正面にはあったらしい。裏には嘉永2年(1849)3月の造立年が刻まれている。基壇には「車返村 中分講中」とある。左の上部が欠損した石塔には「庚塚」の文字があり、文中に天保8年(1837)9月の紀年が入っている。

場所  府中市白糸台5丁目20-4

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