観音院の石仏(府中市白糸台)
旧甲州街道と白糸台通りの交差点車返団地入口の北東角にある寺院が天台宗の観音院。創建年代は不詳。江戸時代のこの辺りは下染屋村というところで、甲州街道に沿って人口が多かったエリアである。
綺麗な寺院で、山門をくぐるとすぐに本堂になる。下染屋の地名の由来が寺の脇にある石碑に記されている。それによると、調布(手作りの布)を染めたところで、鎌倉時代には染殿というものがあったらしい。上染屋と下染屋に分かれたのは江戸時代初期以前と書かれている。
山門をくぐり本堂にお参りする。手前の庫裏の前に覆屋がある。覗いてみると丸彫の地蔵菩薩が祀られていた。衣の前部に「念仏供養」の文字があるが、資料によると享保4年(1719)9月の造立。「武州多摩郡下染屋村」の銘がある。
山門からいったん外に出ると、山門に向かって左側に大きな角柱型の馬頭観世音が立っている。造立年は文政4年(1821)2月。基壇には、下染屋村、下車返村、中車返村の各村の願主名が刻まれている。
山門向かって右には多くの石仏が並んでいた。右端の櫛型角柱型の石塔は正面に「奉納大乗妙典六十六部日本廻国所願成就所」とあり、「武州多麻郡府中領下染谷村」の銘と、正徳5年(1715)8月の造立年がある。右から二番目と三番目の丸彫地蔵は文字がなく不詳だが、大きい方は府中市の資料にある寛政5年(1793)2月の念仏講中によるものだろうか。中央の大きな舟型光背型の地蔵菩薩は宝永7年(1710)2月の造立で、「奉読誦大乗妙典一千部供養塔」の文字がある。その左は庚申塔で、左端の石仏群は不詳。
庚申塔は一見駒型かと思ったが、横に回り込むと山状角柱型で、日月、青面金剛像、三猿の図柄である。尊像右に「庚申供養塔」の文字、左側面には「武州多麻郡下染屋村」の銘がある。右面に刻まれた造立年は、享保3年(1718)2月。大胆でシンプルなデザインの庚申塔である。
場所 府中市白糸台3丁目10-7
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