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2023年12月20日 (水)

本願寺の石仏(府中市白糸台)

鎌倉時代源頼朝の奥州征伐の帰途、藤原秀衡の守り本尊とされる薬師如来を畠山秀忠に命じて鎌倉に運ばせていた途中、夢告によってこの地に庵を建てて仏像を安置することになった。その際に運んできた車をここで引き返させたことから「車返」の地名が起こったものとされる。

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その草庵が現在の浄土宗本願寺である。ハケの道の崖上にあり、山門の前が河岸段丘になっている。その後何度か再建中興されて、天正2年(1574)に現在のような寺院となった。

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山門に向かって左手にあるのは角柱型の供養塔。「奉納大乗妙典六十六部供養仏」とあり、「武州玉ノ郡府中領車遍村」とあるが、多摩郡車返村のことである。願主は戸井田伝右衛門の銘がある。

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ハケの道の山門の一番手前にあるのが駒型の庚申塔。背後には高くそびえるサイカチとケヤキの巨樹がある。異なる樹種なのだが、根元で合体するようにくっついているのが面白い。庚申塔は寛政12年(1790)8月の造立。日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿の図柄で、左手にショケラを下げている。台石は新しくなっているが、造立年などは旧台石にあったと資料にあり、武州多摩郡車返村の銘があったようだ。

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庚申塔と山門の間にあった3体の地蔵菩薩。どうも本体はすべて新しいもののようだが、基壇には往年の文字がある。右の地蔵は基壇も新しくなっており、昭和50年(1975)7月再建となっているが、元は享保4年(1719)8月の造立で念仏講中によるものらしい。中央の基壇には、享保4年(1719)9月の造立で、「武州多摩郡上車返村」の文字。左の地蔵の基壇には、安永7年(1778)2月の造立年と、「武州府中領下車返村」の銘が見られた。3基とも念仏講中が建立している。

場所  府中市白糸台5丁目20-3

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