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2024年3月 3日 (日)

延命寺の石仏(武蔵野市八幡町)

五日市街道に面した延命寺は真言宗の寺院。五日市街道沿いの寺院の例に漏れず寛文12年(1672)という江戸初期、明暦大火後の創建である。街道沿いの間口が狭く奥行の深い土地割から、近くの源正寺もこの延命寺も門前から奥の墓所まで250mを超える奥行がある。江戸時代はもっと奥行きが深かったかもしれない。

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入口から本堂までは50m以上あるが、その途中の西側、関前八幡社との間の塀を背にいくつもの石仏が並んでいる。余談だが延命寺も各地で見かける寺名だが、寺数では第15位で235寺を数えるという。1位は観音寺(839寺)、2位は光明寺(595寺)、3位は西光寺(575寺)だそうである。

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一番手前の堂宇に祀られていたのはこの舟型光背型の勢至菩薩像。この石仏は二十三夜塔である。勢至菩薩の脇に「二十三夜講中」と刻まれている。昔、月待の講中で二十三夜の月をめぐって徹夜して祈り食事をした。月齢としては下弦の月で月の出がほぼ真夜中。当時は月は勢至菩薩の化身と信じられていたことから二十三夜塔には勢至菩薩像が多い。残念ながら造立年は見当たらない。

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その先にあったのは2基の比較的新しい庚申塔。どうも御影石で出来ているような感じである。左は舟型光背型で日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、元禄9年の紀年があるが昭和55年の再建である。右の笠付角柱型の庚申塔も同じく昭和55年の再建で、こちらは青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。側面に元文4年の紀年がある。

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上の昭和の再建庚申塔の元になる庚申塔がこの2基で、舟型光背型の庚申塔は中折れした上に上部が欠けている。日月、青面金剛像、三猿の図柄でこちらには邪鬼はない。元禄9年(1696)11月の造立年が刻まれている。右の笠付角柱型は日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、造立年は元文4年(1739)11月とある。その右の櫛型角柱型の供養塔は天明5年(1785)7月のもので、「念仏講中 無縁法界」と書かれている。

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その先の堂宇に祀られている丸彫の地蔵菩薩も時代を経ていそうな雰囲気で、脇に2体が控えている。基壇の文字を見ると、享保5年(1720)孟秋(7月)とある。「奉念仏講中」の文字も見られることから念仏講中によるものである。

場所  武蔵野市八幡町1丁目1-2  map

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