医王寺の石仏(稲城市大丸)
稲城市大丸(おおまる)にある医王寺の後ろにはJR南武線から望める広大な露頭があったのだが、近年法面工事が行われ地層が見えなくなってしまい残念に思う。とはいえ災害対策としては必要な工事なので致し方ない。ちなみに南多摩駅というのは新しい駅名で、昔は大丸駅という駅名であった。地形図を見ると、この大露頭が出来たのは戦後まもなくの頃らしく、おそらくは土砂を採ったのだろう。
医王寺は道路面よりも数m高い。蓮光寺を経て関戸に至る道は昔からある峠越えの道なので、道路拡幅時に高低差が出来たのだろう。また昔の地図では医王寺は新大丸交差点の辺りにあったようだから、少し移動したのだろうか。この医王寺は一向宗(浄土真宗)であった寺院を元文2年(1737)に天台宗に改宗して開山した寺院で、一向宗時代の創建年は不詳。
本堂向かって右手の墓所入口に新しい六地蔵があり、その脇に古い丸彫の地蔵座像が並んでいる。左の大きな方の地蔵の台石正面には「賢者全栄塔」とある。造立年は文政5年(1822)。右の地蔵は稚児を抱いている。こちらは嘉永3年(1850)9月の造立である。
地蔵の後ろには笠付角柱型の庚申塔がある。日月、青面金剛像、二鶏、三猿の図柄で、造立年は正徳6年(1716)2月と刻まれている。正面には「奉納庚申供養二世祈所」と書かれ、側面には「武列多摩郡大丸村」の銘がある。
場所 稲城市大丸1417 map
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