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2024年6月21日 (金)

宿三谷の石仏群(稲城市矢野口)

JR南武線矢野口駅から線路沿いに矢野口南武線通りを西に進む。500m余りで旧川崎街道が線路高架下をくぐって矢野口南武線通りと絡み合う。この辺りを昔の字名では「宿(しゅく)」といい、小字を三谷と言ったらしく、今も宿三谷公会堂や宿三谷児童公園にその名が残っている。

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写真の通りは旧川崎街道。その路傍に真新しい堂宇と石仏がある。5年前にも訪問したことがあるが、その時は古い堂宇だった。(下の写真)

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堂宇内にあった説明には、今年令和6年(2024)1月に改築したらしく、「原田實、原田三郎、原田誠二」と原田家の方の名前があった。まだ木の匂いが残る真新しい堂宇である。

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川崎街道側にあるのは角柱型の馬頭観音。造立年は刻まれた命日から推定すると、嘉永5年(1852)、安政2年(1855)と嘉永7年(1854)があることから、おそらく安政2年(1855)だろう。道標を兼ねており、右面には「東 河崎道」、左面には「西 八王子道」とあり、「施主原田氏」の銘がある。

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堂宇内には駒型の庚申塔が祀られている。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿、ショケラが陽刻されており、造立年は慶応2年(1866)2月、施主長坂武兵衛とあり、原田氏ではなかった。左面には「天下泰平 東 川崎 西 八王子道」右面には「村内安全 北 府中道」と刻まれ、道標も兼ねている。

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堂宇の奥には2基の馬頭観音があった。左は角柱型の馬頭観音で、大正4年(1915)4月の造立。側面には願主原田織江の銘がある。右の背の低い角柱は上部のみが残った馬頭観音で、文字は「馬」しか読めない。稲城市では馬頭観音は川崎市に近い側に多く、矢野口の渡しの近くの数が目立つ。

場所  稲城市矢野口898

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