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2024年6月19日 (水)

大聖院の石仏(目黒区下目黒)

山手通りと目黒通りの交差点大鳥神社に隣接する寺院が大聖院。天台宗の寺院で、創建は弘治3年(1557)らしい。隣接する大鳥神社は大同元年(806)の創建だから平安時代初期、それに対して大聖院は室町時代末期ということになる。大鳥神社は目黒村の鎮守で、その隣にあるのは何かの関係があるのだろうか。

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山門を入ると芸術的な像形の本堂がある。ちょっとモダンな感じの寺院である。山門を入って、右の宝塔と本堂の間にあるのがキリシタン燈籠である。昭和時代は「隠れキリシタン」と呼んでいたが、最近では「潜伏キリシタン」と呼ぶらしい。

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キリシタン燈籠は3基並んでいる。切支丹燈籠は別名織部式燈籠とも呼ばれるが、これは桃山時代の茶人古田織部が創案したことに由来するようだ。旧島原藩主の下屋敷が三田千代が崎にあり、屋敷内の小祠に祀られていた。後に大村邸となってもそのままだったが、大正15年(1926)に大聖院に移された。

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山門の左側にあったのがこの立派な「みかえりの阿弥陀道標」である。造立年は宝永3年(1706)で、かつて大聖院が大鳥神社の別当寺であった頃に「みかえりの阿弥陀」と呼ばれる本尊があったが戦災で焼失。この石仏は行人坂を下りて太鼓橋経由で山手通りに出た辻に建てられていたものらしい。正面には「目黒惣ちん守 大とり大明神 みかへりの阿弥陀仏」と書かれており、側面には「これよりみち一町」とある。反対の側面の文字は「南無阿弥陀仏」のようだ。

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その先には珍しい角柱型の石仏がある。宝永3年(1706)3月の造立で、正面には「奉納百観音」とあり、各面に観音菩薩が陽刻されている。百観音を配したこの石仏は巡礼供養塔で、西国秩父坂東の百か所参りのもの。「施主目黒村」とあり8人の願主名が刻まれている。

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墓所入口に気になる石仏を見つけた。上部が欠損しているようだが、見事な見ざる聞かざる言わざるの三猿が彫り込まれている。文字はどこにも見当たらないが、もしかしたら庚申塔かもしれない。

場所  目黒区下目黒3丁目1-3

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