常楽寺の石仏(1)(稲城市東長沼)
京王相模原線の稲城駅は台地の中腹にある。その稲城駅のすぐ北、というよりも感覚的には下(北側が標高が低い)に稲城市役所があり、その間には三沢川が流れている。三沢川よりも少し駅寄りの斜面地にあるのが天台宗の常楽寺。創建年代は不詳で、行基の創建とも慈覚大師の創建とも言われるが、中興されたのは室町時代末期。現在でも大きな寺院である。
入口には立派な山門がある。山門の右手奥に本堂があり、裏山ともいえる斜面には墓所が広がっている。まずは本堂にお参りしてから石仏を見て回る。
本堂の左手の墓所の崖下に舟型光背型の地蔵菩薩像がある。宝永7年(1710)造立の供養塔で、「奉納大乗妙典六十六部」の文字がある。願主が長沼村の誉息、施主が下石原村の小澤某とある。多摩川の両岸で協力して造立したのだろうか。
山門側に戻ると、六地蔵が二列に並んでいる。手前の丸彫の地蔵菩薩立像の六地蔵の方が古く、元文5年(1740)11月のもの。後にも修理をされているらしく、「奉修理天保13年(1842)4月とある。後ろに並ぶ丸彫の地蔵菩薩坐像は文政10年(1827)中秋の造立。「奉再建六地蔵尊 念仏女講中」の文字があるので、文政年間に再建されたのだろう。
六地蔵の先には大きな角柱の馬頭観音が鎮座している。見まわしてみたが年代等は不詳。おそらく大正時代以降、かなりの確率で昭和の造立ではないかと思う。三面六臂が迫力がある。
その先には駒型や角柱型の馬頭観音が4基並べられていた。一番左は角柱型の馬頭観音で、明治▢3年3月の紀年があるが、13年なのか23年なのかはたまた33年、43年かは分からない。道標があり「東京へ五里」「小野路江二里卅町」とある。左から二番目は大正2年(1913)3月に遠藤与三郎氏が建之。右から二番目は明治4年(1871)1月に加藤弥三郎氏が願主となって建てたものらしい。
常楽寺にはこのほかにも多くの石仏があるので、別途(2)としてまとめたい。
場所 稲城市東長沼2101
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