児童館前の地蔵堂(多摩市一ノ宮)
聖蹟桜ヶ丘にある小野神社は武蔵国一之宮という名前にあるように、中世では関東を代表する神社だった。当時の武蔵国の主要神社は、大國魂神社(府中)を別格として、一之宮がこの小野神社、二之宮があきる野市の小河神社、三ノ宮が埼玉の氷川神社、四ノ宮が秩父神社、と続く武蔵国の代表的な神社だった。その東隣には一ノ宮児童館があり、児童館の前に小さめの堂宇が2棟建っている。
一ノ宮の地名の由来は当然ながら武蔵一之宮小野神社に帰来するものだが、神社のある地域は多摩川の河原と言ってもいいくらいの多摩川右岸の低地で、多摩川の水面から5mほどしか高くないこの場所に1000年以上も鎮座しているのが不思議である。一ノ宮地区にはかつての低地農地らしく水路や水路跡が縦横無尽に走っている。
左の堂宇に祀られているのは舟型光背型の地蔵菩薩像。造立年は不詳。文字は摩滅していてほぼ読めないが、多摩市の資料によるとどうやら墓石、あるいは個人的な供養仏のようである。
右の堂宇に祀られているのは角柱型の庚申塔で中折れが痛々しい。表面もかなり剥離が進んでいる。元は笠付角柱型だったと思われるが笠はない。痕跡として日月、青面金剛像、三猿があったと思われる。造立年は堂内の説明板によると寛延4年(1751)、実際に右側面に刻まれていた。左側面には「武列多摩郡一之宮村」とある。この庚申塔は昔は京王線と都道20号線の踏切のところにあったが、都道の拡幅工事でこちらに移設された。
場所 多摩市一ノ宮1丁目18-7
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