西向庚申(多摩市永山)
多摩市永山は多摩センターと同じく高度経済成長期に開発されたベッドタウンである。1970年以前は山あいの集落で、乞田川の流程は蛇行しており、駅の北側にある日本医科大学多摩永山病院の辺りも山の中だった。ここには昔、村道が通っており、その道沿いには庚申塔があったらしい。
現在は駅近ということで中層のマンションが並んでいる。乞田川に向かってはどの道も下り坂で、駅からは標高で20mほど下る。その坂のマンションの間に堂宇があり、西向庚申が祀られている。呼び名とは異なり堂宇は東向きになっているが、その経緯が書いてある。
黒御影石に刻まれている文章は「多摩ニュータウン計画に伴う東京都区画整理が実施され、元来西向であったものをやむを得ずこの向きに鎮在することになりました。ここに之を記す。昭和55年11月吉日」とあることから、1980年頃の移転であろう。日月、青面金剛像、三猿の駒型庚申塔で、「奉造立町庚申供養諸願成就所」の文字と共に「乞田村瀧止」ともある。坂を下りきったところには「滝の上公園」があるが、おそらく無関係。昔の地形図ではこの辺りの乞田川は曲がりくねって両岸が崖になっていたようで、支流の小さな流れがその崖に落ちていたのかもしれない。
場所 多摩市永山1丁目12-11
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