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2024年9月24日 (火)

旧対鷗荘前の石仏(多摩市連光寺)

今はなき対鷗荘の場所は巨大なマンションンになっているが、その南の一角に対鷗台公園という名前の児童公園が痕跡として残っている。園内には「明治天皇行幸所対鷗荘」の石碑が建つ。昭和初期に明治天皇所縁の隅田川河畔の台東区橋場にあった三条実美が建てた別荘で、ここに移築されたのち、観光地となり、戦後は料亭だったようだが、昭和63年(1988)にマンション建設のために取り壊された。

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対鷗台公園の入口の草むらの一角に2基の石仏が立っている。左の大きいほうが馬頭観音で、右の小さいほうは庚申塔である。この公園から東側は古くから向ノ岡と呼ばれた土地で、大正から昭和初期には桜馬場と呼ばれた草競馬が行われた場所である。

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馬頭観音は角柱型で正面に「馬頭観世音」と刻まれ、裏面に天保7年(1836)春正月の造立年が書かれている。台石の正面は「講中」の文字、裏面は連光寺村の銘がある。右の庚申塔は舟型光背型で、日月、青面金剛像、三猿が陽刻されている。尊像脇に「庚申」「蓮光寺村」とあり、造立年は元禄13年(1700)10月と記されている。この庚申塔は多摩市の文化財記録には出てこない。元禄時代の庚申塔も多摩市内には少なく、どこかから移築されたものだろうか。

場所 多摩市連光寺1丁目4番地先

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