聖蹟記念館前の石仏(多摩市連光寺)
聖蹟と名付けられる施設は天皇陛下が行幸で訪問したところを意味する。例えば東海道品川宿に聖蹟公園という児童公園があるが、ここは江戸時代は江戸に入る直前の大名が一休みする本陣跡で、時代が変わって明治天皇行幸の際の行在所となったために聖蹟公園と名付けられた経緯がある。聖蹟桜ヶ丘の「聖蹟」も同じで、明治天皇の行幸で立ち寄った場所から来た命名である。
ちなみにこの地の聖蹟に明治天皇が訪れたのはウサギ狩りや鮎漁が目的だったらしい。その後大正天皇も昭和天皇も多摩川でアユの徒歩鵜飼を楽しまれたそうである。聖蹟桜ヶ丘の聖蹟記念館はとても広い桜ヶ丘公園の中にある。その都道137号線上麻生連光寺線側の入口の向かいにある拓魂公苑の入口に2基の石仏がある。拓魂とは満州開拓に所縁のある施設で、戦前のなごりであるといってもよさそう。
左の自然石の石仏は馬頭観音。造立年は昭和17年(1942)4月で、「馬頭観世音」の文字が表に、裏には「施主 長浜未四郎」の銘がある。右の角柱型の石仏は庚申塔である。文政12年(1829)9月の造立で、かなり傷んでいるが、日月、青面金剛像の図柄が見える。資料によると三猿が土中に隠れているらしい。「武刕多摩郡蓮光寺寺船郷講中」の銘がある。
場所 多摩市連光寺3丁目19-12
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