鎌倉街道早ノ道の石仏(多摩市連光寺)
蓮光寺にある高西寺通りの途中、デイサービスの老健施設となりの角に広めの区画があり、石仏が並んでいる。説明板が備えられていて詳しく記されている。この道はかつての鎌倉街道早ノ道の跡で、軍馬が駆け抜ける軍道だった。また説明によると、この道は当時最大幅12mもあり、古代東海道であったという。
かつて近くの峰には秋葉神社が祀られ、源頼朝の腰掛の松の伝承や、早道場の小字地名も残っていたという。防人や都人も歩いたという大街道だったとは想像もできない。今は山が崩され住宅地として開発されてしまっているからである。ただこの道にはわずかに古道の雰囲気が残っている。
この地には2基の庚申塔と、かなり痛みが進み破壊されたような石仏の痕跡が残っている。一番大きな駒型の庚申塔は、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿に加えてショケラも描かれている。造立年は享保16年(1731)11月と刻まれている。右側面には「奉造立庚申為二世安楽也」とあり、左側面には紀年とならんで「武州多摩郡蓮光寺村 講中廿七人施主善男子」と書かれている。
もう一基の庚申塔は角柱型の文字塔で、正面には「庚申供養塔」の文字があり、台石には三猿が陽刻されている。左側面には「武列多摩郡蓮光寺村講中」と書かれ、右側面にある造立年は寛成4年(1792)11月と記されていた。2基の庚申塔の間にある壊れた石仏はおそらく3基ほどで、一つは地蔵菩薩像の下半身のみのものがあり、享保16年(1731)1月の紀年がある。
場所 多摩市連光寺2丁目29-9
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