宝樹院の石仏(西東京市泉町)
西東京市(旧保谷市区域)泉町にある宝樹院は真言宗の寺院。旧地名としては、宝樹院の南が西浦、西が上宿、東が大門で、宝珠院はその中央にある。創建は江戸時代中期で、最初は上宿にあったが、昭和6年(1931)に当時は小字大門であった現在地に移転した。
住宅街に静かにたたずむ寺院だが、戦前まではのどかな農村地帯だった。住宅が増えたのは戦後高度成長期に入ってからである。移転以前の上宿にあった宝樹院の写真があるが、茅葺の少し大きな農家のような佇まいで、江戸時代の寺院のほとんどはこういう感じだったのだろうと思わせる。
本堂に向かって右手には立派な覆屋があり、六地蔵が祀られている。造立年は江戸時代だが詳細不明。実はこの六地蔵は本来七体六地蔵だったという。戦災で破壊され、ばらばらになってしまった。戦後中折れしたりしている地蔵を集めて六地蔵を再現したが、もう一体はしばらく見つからなかった。住職がサツキを植えようと境内を掘った時にその一体の半分が見つかったという。農村にも爆撃が行われた昭和20年の破壊は恐ろしいものである。
本堂前を左に曲がると、くし形角柱型の巡礼塔が立っている。造立年は宝暦8年(1758)6月。「奉納四国西国坂東秩父現当為二世安楽」の文字が刻まれ、左面には施主中村嘉兵衛の名前。右面には願主直了妙圓法尼という戒名があり、尼僧の供養も兼ねているものだろうか。中村家はこの地の名家である。
場所 西東京市泉町2丁目7-25
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