龍源寺の石仏(三鷹市大沢)
三鷹市大沢にある龍源寺は曹洞宗の寺院。旧街道が野川を渡る西側にあり、創建は不詳ながら江戸時代初期と伝えられる。この辺りの小字を坂下といい、野川左岸の少し高くなった段丘上を坂上と呼んだ。高低差は10~15m程度ある。野川の河岸段丘ではなく、多摩川流域を含めた河岸段丘で国分寺崖線の一部になっている。
山門脇に複数の石仏が並んでおり、この寺は近藤勇の墓所でもあるのでそれを謳う碑もある。山門側から並ぶ3基の石仏は、右から石橋供養塔、庚申塔2基で、石橋供養塔は摩滅がひどく文字が読みづらい。角柱型で「石橋供養塔」「多麻郡大澤村村中 願主箕輪清□」の文字は読めた。造立年も読めないが「2月」の文字は確認できる。
真ん中の笠付角柱型の庚申塔は日月、青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄で、明和9年(1772)11月の造立。「願主箕輪氏講中14人」の銘がある。左の大きな笠付角柱型の庚申塔は、日月、青面金剛像、二鶏、三猿が描かれ、基壇や側面に蓮葉が描かれている。造立年は宝永3年(1706)で月は不明。「奉供養庚申待・・・」の文字が見える。
境内に入ると、大きな江戸時代初期の燈籠の脇に舟型光背型の聖観音像が祀られている。これは日待塔で、「奉紀信日待之供養」の文字がある。造立年は寛文7年(1667)10月と古いもので、大沢村の銘もある。
山門を出て東側の角には2基の馬頭観音が立っていた。左の大きな自然石の馬頭観音の正面には「馬頭観世音」の文字。裏側に文字らしき痕跡もあるが造立年などは読めない。右の小さい自然石の馬頭観音は正面に「馬頭観世音」の文字と、明治5年(1872)3月の造立年が刻まれている。
場所 三鷹市大沢6丁目3-11


























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