関野天神社の石仏(小金井市東町)
三鷹市から西に連雀通り(都道134号線)を進み、田中屋を過ぎて200mほどすると、通りの北側に関野天神社がある。関野町はずっと北にある小金井公園の辺りの地名だが、3㎞程離れた連雀通り辺りは関野新田村の飛地だったらしい。
現在の地名は東町なので東町天神社ともいうが、もとは関野天神社の名で享保7年(1722)以来、この飛地の鎮守であった。関野天神社の入口脇、道路に近いところの草むらの中に2基の石仏(石塔)が祀られている。
ひとつは笠付角柱型の庚申塔。笠は何度も落っこちたのか角が取れている。日月、青面金剛像、二鶏、三猿の図柄で、青面金剛像は童顔である。左面に延享4年(1747)11月の造立年がある。右面には「宝刻彫青面金剛 武刕武蔵野南関野新田講中」とあるので、この辺りは江戸時代には南関野新田と呼ばれていただろう。
もう一つは角柱型の石橋供養塔。造立年は文久3年(1863)9月とある。「関野新田世話人 氏子中 鴻田源蔵」の銘がある。昔は連雀通りの北側沿いに農業用水が並行して流れていた。この辺りは南を流れる野川よりも十数m標高が高いため、北を流れる玉川上水より分水していたようだ。貫井北町で分水し、武蔵小金井駅を流れ、駅南から連雀通り沿いに下る用水があり、それに架けられた石橋を供養するものだろう。
場所 小金井市東町2丁目12-8
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