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2025年6月24日 (火)

三谷神社の石仏(府中市多磨町)

府中市多磨町の大部分は多摩墓地が占めている。明治から大正期にかけて東京市では人口増加で墓地が不足、当時の公営墓地は、青山、谷中、染井、雑司ヶ谷、亀戸の5か所で、府中の多摩墓地が開かれたのは大正12年(1923)であった。多摩墓地の東側を西武多摩川線が走り、この辺りが住居のある多磨町である。

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その多磨町にある三谷神社だが創建は不詳。古地図を見ても神社の印はない。地図に現れるのは戦後である。意外と新しいのかもしれない。すぐ北にはアメリカンスクールインジャパン(ASIJ)があり、神社の周りを英語で雑談しながら通り過ぎるティーンエイジャーが目立つ。ASIJは東京ではここと六本木にある。

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三谷神社の鳥居脇に堂宇があり、石仏が3基祀られている。左端にあったのが駒型の庚申塔で、日月、青面金剛像、二鶏、三猿の図柄。上部に「奉供養」の文字がある。右面には「武州多摩郡忍立村新田」の文字があるがこれは「押立」の誤字だろう。ただし押立はここから2~3㎞南なので、移設されたものかもしれない。造立年は享保7年(1722)10月とある。

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その右には背の高い丸彫の地蔵菩薩坐像。弘化3年(1846)10月の造立で、基壇には「三界万霊 講中」の文字と、よし、つま、たき、くりという女性名らしきものが見られる。右の舟型の地蔵菩薩立像は文政3年(1820)8月のもの。「念仏講中13人」「武州多摩郡府中領押立村新田 願主 文右衛門 源蔵」の銘がある。調べてみるとこの辺りは「押立山谷」と呼ばれた土地で、多磨町全体がそうだったらしい。ただ明治大正の地図を見てみるとほぼ武蔵野の林地である。桑でも植えていたのだろうか。

場所 府中市多磨町1丁目37

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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