石橋供養塔と力石(東久留米市小山)
東久留米市小山は東が西武池袋線、北が水道道路、西を都道15号線、南を黒目川を境とする。南の黒目川にはいくつかの橋が架けられており、西から落馬橋、中橋、曲橋である。中ほどの中橋は小山通りが黒目川を渡る橋で、そのすぐ北(左岸)で東西に延びる大圓寺通りと交差する。この交差点の南西角に小山生活改善センターの建物があり、その前に供養塔と力石がある。
三つの橋の数と手前に祀られた3個の力石の数にはおそらく関係はない。石橋供養塔は角柱型で明治23年(1890)4月に建之、「落場橋、中橋、曲橋、供養塔」と書かれている。落場は落馬の誤字だろうか。側面には「北多摩郡久留米村小山」の銘があり、明治時代なので小山村も東久留米村に統合されていたことがわかる。
基壇にも沢山の文字が刻まれているが、正面中央にあった「頼母子講連盟」という文字が気になった。実は山口県で育った自分の子供のころ、近所の人々が集まって頼母子講を開いていた。「頼母子講(たのもしこう)」とは、日本の相互扶助制度の一種で、簡単にいえば「お金の持ち寄りグループ」「無利子の相互金融サークル」のような仕組みで、江戸時代から明治・大正にかけて全国で広く行われていた。それが昭和30年代から40年代初頭にかけては間違いなく私のコミュニティに存在していたことを思い出したのである。
手前の力石は一番右が大きく、45貫とある。古老の話では、昔村の若い衆が集まってこの一番大きな石を背負って坂を上って降りたものに与えようという話になり、当時樵(きこり)で山仕事で鍛えた力自慢の徳さんがそれを達成したので、それ以来徳さんの石と呼ぶようになったという。
場所 東久留米市小山4丁目1-25
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