大圓寺門前の石仏(東久留米市小山)
東久留米市小山にある大圓寺は天台宗の寺院。創建年代は不詳だが、天長年間(824~834)に慈覚大師円仁が創建したという言い伝えがある。円仁は比叡山延暦寺の高僧、最澄の弟子として天台宗を継承した。遣唐使として唐に渡り9年間も過ごした。
山門をくぐり本堂に向かうと、間にもうひとつ立派な山門。扁額に「仁王文殊楼」とある。この山門手前に矢部藤九郎の墓がある。小山集落に伝わる殿様だった所の矢部さんの墓、とあるがよく意味が分からない。江戸四谷の全長寺にあったものを移設したらしい。本堂にお参りして最初の山門前に戻る。
山門に向かって右手手前が笠付角柱型の庚申塔。三猿のみだが、文殊菩薩の種子と「奉信礼庚申待諸天納受所」の文字がある。造立年は延宝8年(1680)8月で、「武刕小山村 大圓寺法印天蔵」、「不動院」の文字が見られる。もとは小山生活センターの敷地に薬師堂があり、その境内に立っていたものらしい。左の角柱型の石仏は石橋供養塔だが上部に馬頭観音が陽刻されている。馬頭観音の下に「石橋供養塔」の文字と、天保6年(1835)3月の造立年が刻まれている。黒目川に架かる橋のたもとにあったものを移設した。
山門に向かって左側には手前に大きな角柱型の馬頭観音。「馬頭観世音」の大きな文字と、基壇には「下里邑中」と記されている。天保9年(1838)4月に下里村で建立されたもの。右面には「武蔵国多摩郡下里村」の銘、左には「東いたはし5里、西八おうし5里、南江戸四ツ谷5里、北川ご絵5里」と書かれており、その為にゴリゴリ馬頭と呼ばれてきた。もとは八幡町三丁目のかね塚と呼ばれた三角地点にあったという。右の小さいほうは駒型の庚申塔で、日月、青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が描かれている。造立年は延享3年(1746)9月で、左面に「江戸牛込原町三丁目 當摩傳衛門」とある。小山村は小山姓、当間姓が多い。
場所 東久留米市小山2丁目10
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