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2025年12月24日 (水)

五智如来(国立市谷保)

旧国道20号線(甲州街道)の北側に小さな堂宇がある。脇には小川が流れており、「矢川」という川名がある。矢川は立川段丘の崖線下の湧水を水源とするすこぶる水のきれいな小川で、2kmほどで府中用水に合流している。上流には矢川緑地という自然豊かな公園がある。甲州街道のすぐ近くにも昔は毎日のように使われたと思われる個人宅から川に降りる踊り場がある。この川を甲州街道を越えるところ、堂宇はその川岸に建っている。

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この辺りは昔は「はしば」と呼ばれ、大正時代の初めころまでは矢川橋という橋が架かっていた。橋のたもとには五智如来の祠があり、江戸時代に八王子から移住した人々が四軒在家を開き、それまで信仰していた五智如来を祀ったのが始まりらしい。ここには実は3基の石塔があり、うち一基は脇の電柱の影にひっそりとある自然石の石橋供養塔で、半分近くが土に埋まっている。造立年は嘉永3年(1850)4月。1600年代後期に永福寺の和尚が私財を投じて石橋を架け村人に感謝された。橋は宝暦10年(1760)に架け替えられ、その石橋を嘉永3年(1850)に架け替えたことが判っている。

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堂宇内には2基の石塔があり、大きいほうは角柱型の文字塔。「奉請五智如来 此の橋車禁制」の文字と道しるべ(古れよ利南く ま道)がある。造立年は宝暦10年(1760)2月だから車は牛馬の車だろうか。

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脇にある尖塔型の角柱には仏形が彫られており、これも五智如来らしいが造立年などは不明である。昭和30年代までは五智如来の前には燈明や線香、献花が絶えなかったという。今も「おこもり」という儀式が毎年10月12日に行われるらしく、人々は念仏を上げてお祈りする。

場所 国立市谷保6792

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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