南養寺の石仏(1)(国立市谷保)
国立市谷保にある臨済宗建長寺派の南養寺は山号を谷保山という。鎌倉建長寺の立川入道宗成が開祖となり、南北朝時代に創建した。山門、本殿など貴重な建築物が多く、山門は安永9年(1780)に、本堂は文化元年(1804)、大悲殿は寛政5年(1793)、鐘楼は天明8年(1788)に建立されたもので、見る価値が高い。
山門の手前にも長い参道があり、甲州街道から続いている。山門は地元の大工佐伯源太によって建てられた。国立市の資料では開創は南朝暦正平元年(1346)、北朝暦貞和2年とされているから、果たして何代目の山門だろうか。
山門をくぐると本堂と反対側の塀沿いに大きな自然石の馬頭観音がある。「馬頭観世音」と刻まれたこの石仏は大正12年(1923)2月に佐伯源左衛門によって造立されたもの。この佐伯源左衛門は山門を建てた佐伯源太の子孫だろうか。ただこの大きな玉石は多摩川の砂利を運搬していた馬の供養塔で、大きな多摩川の石に願主が彫ったものである。左隣の御影石の石塔も馬頭観音で「馬頭観世音菩薩」と書かれており、昭和59年(1984)9月に堀江俊典建之とある。どちらも外部からの移設らしい。
その先にあるのが3基の塔だが、左右は笠付角柱型の庚申塔で、中央は燈籠である。右の庚申塔は、日月、青面金剛像、二鶏、三猿の図柄で、享保5年(1720)10月の造立。右側面には「奉養供庚申青面金剛」の文字があり供養が逆転している。左の笠付角柱型の庚申塔は古いもので、貞享3年(1686)9月の造立。日月、青面金剛像、三猿が描かれており、「奉供養庚申二世安楽祈所」の文字がある。この2基の庚申塔は、もともとは甲州街道から石神道を北に入ったところにあったものを移設したらしい。石神道は国立市役所の西側を南北に走る道で、現在の甲州街道の国立市役所入口交差点から北に入った辺りにあったものと思われる。
場所 国立市谷保6218
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