本田道庚申塔(国立市谷保)
旧甲州街道(現在は都道)を進んでいると古い門がある。この辺りは江戸時代、甲州街道の谷保の集落の中でも東の端にあたるが、この門の旧家は本田家という名家で、近年解体復原工事が始まって国立市のイベントの一つになっている。
主屋の工事はかなり進んでいたが、表門はまだ旧態のままだった。この表門は薬医門という型式の門で、江戸時代末期の建築だという。馬に乗ったままで通過できることで「おうまもん」と呼ばれていたそうだが、明治以前の日本の馬はサラブレッドと比較するとロバ並みに背が低かったらしいから、通過できたのだろう。昭和7年(1932)に甲州街道拡幅の為に少しセットバックした現在地に移された。
本田家旧家の表門の脇の道は本田道と呼ばれる。甲州街道から本田道に入り北進すると下谷保防災センターの前に庚申塔がある。「本田道庚申塔」と呼ばれている。資料にはもとは本田道と府中への道の角にあったとあるが、普通に考えると甲州街道と本田道の角ではないかと推測できる。造立年は寛政5年(1793)4月で、日月、青面金剛像の描かれた笠付角柱型の庚申塔である。
側面には「左 子のごんげん ちちぶ道」「右 川ごへ道 庚申待講中」と書かれ道標になっている。ここからまっすぐ北に向かうと所沢を経て飯能に行く。根ノ権現は飯能の山奥にある大草履で有名な天龍寺。今は駐車場もあるが、少し前までは車でも厳しい細道で、半ば登山のような参詣道だったようだ。基壇には平成5年の下谷保庚申講中の名があるが、今はもう庚申構は行われていないらしい。
場所 国立市谷保5006
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