はけの森の供養塔(小金井市中町)
武蔵小金井駅は四半世紀で大変わりした。昔は事故も多かった長い開かずの踏切があり、南に向かっては多摩墓地まで多くの石屋さんが並んでいた。東京で「ムサコ」というと、武蔵小山、武蔵小杉(神奈川県)、そして武蔵小金井のどれを指しているのかわからない。ただ中央線沿線は間違いなく武蔵小金井だろう。
駅を南に歩くと、前原坂上からバス通りも長い下り坂になる、途中はけの道が東に分かれた場所から階段坂の妙貫坂の下りになる。ここは国分寺崖線でハケと呼ばれる河岸段丘の崖。急な妙貫坂を降りると間もなくはけの森緑地2がある。ハケの自然を残して自然を育む公園で、週4日のみ10時~16時の間のみ開いている。
森の中にあったのは大きな六十六部回国供養塔。造立年は宝永5年(1708)8月とあるので、富士山宝永噴火の翌年である。六十六部は法華経を書写して全国66か所の霊場へ奉納する行脚のことで、この供養塔は紀州(和歌山)の森氏が両親の供養のために造立したもの。当初は旧志木街道(質屋坂通り)と薬師通りの交差点にあったというから、現在地からは100m余り西の辻である。
場所 小金井市中町4丁目12番地
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