貫井神社の石仏(小金井市貫井南町)
小金井市の貫井神社の創建年代は不詳、ただ湧水の出る弁財天として古くから知られてきた神社で貫井神社と改名したのは明治以降のことである。社殿の左手奥にある湧水は岩の下から滾々と湧き出している。
神社の境内中央には池があり、境内に上がる手前の左手にも池がある。豊富な湧水を強調しているようだ。むかって左手の湧水の脇には細めの階段が設けられており、その近くに自然石の石塔がある。
石の表面には大きな文字で「石橋供養塔」とある。その脇には文政9年(1826)の紀年がある。この石橋供養塔の示す石橋は野川に架かっていたものだろうか。特に記載がないのでわからないが、湧水程度に橋はないので間違いないだろう。人に踏みつけられても支えてくれる石橋に対しては江戸時代の人々は感謝して祀っていた。敷石供養も同じような風習である。
本殿西側に貫井不動尊と愛宕神社があるが、愛宕神社に上る長い階段の下には石坂供養塔がある。これもまた踏みつけられる石坂(階段)に対するもの。角柱型の石坂供養塔は文政13年(1830)3月の造立で「世話人惣村中」の文字がある。村人が協力してこの石段を築いたのだろう。
愛宕神社の階段を上ると2基の地蔵菩薩が待っていた。右の丸彫の方は詳細不詳である。左の舟型光背型の地蔵菩薩立像は小金井市の史料にも掲載されていた古いもの。造立年は元禄12年(1699)10月とあり、「供養地蔵講中二世安楽」の文字と「貫井村」の記載がある。講中の51人が協力して建てたものだが、上部が少し欠損している。
場所 小金井市貫井南町3丁目8-6
























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