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2026年5月 9日 (土)

薬師堂の石仏(府中市西元町)

府中市・国分寺市は江戸時代以前の武蔵国の中心。今の都心はずぶずぶの湿地帯で、東海道も未発達、主な道路は東山道だった時代、現在の府中市には国府と大國魂神社があり、国分寺市には国分寺があった。昔の多摩川は暴れ川で幅数㎞にわたって流れが右往左往していた。この辺りの多摩川河岸の標高が47m、大國魂神社と国府は55m前後、北に向かって国分寺跡は63m。

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大國魂神社は一段目の河岸段丘上にあり、そこから緩やかに標高を上げ、国分寺は二段目の河岸段丘の下にある。国分寺の裏手はその河岸段丘で、国分寺の薬師堂は段丘の上にあり標高は77mとさらに高い。今は訪れる人も少ないが、大昔はたいそう賑わっていたのだろう。堂内には国の重要文化財の薬師様が祀られている。

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石段を登り、薬師堂の前にある仁王門を望むと、左手に傷んだ地蔵菩薩像が3基、右手に3基の石仏が並んでいる。地蔵菩薩は詳細不明。右手の3基のうち一番左の石仏は破損が激しく文字が読めない。中央は笠付角柱型の庚申塔で、宝暦14年(1764)3月の造立。日月、青面金剛像、三猿の図柄で、保存状態は良い。右の角柱は六十六部回国供養塔で、寛政2年(1790)10月の造立。武州多摩郡国分寺村行者小坂三郎兵衛の銘がある。

場所 国分寺市西元町1丁目13-16

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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