国分寺墓地の石仏(国分寺市西元町)
国分寺は奈良時代に聖武天皇が命じて全国各地に建立させた一連の歴史的な寺院。鎌倉幕府滅亡の際の戦火により焼失したが、薬師堂は新田氏により再建。真言宗の寺院である。寺の前には江戸時代建立の楼門がそびえており、その傍に広がる墓所の一角に地蔵堂がある。
堂宇の中には丸彫の地蔵菩薩立像と仏形の座像を陽刻した櫛型角柱型の供養塔がある。左側にある櫛型角柱型の供養塔の座像は摩滅が激しく造形はかなり欠けている。造立年は文化8年(1811)正月とあり、仏形の下には「両親□□菩提」の文字がある。
右の地蔵菩薩立像は基壇に文字があるがかなり摩滅している。どうも回国供養塔として建てられたものらしく、造立年は正徳5年(1715)7月とある。「国分寺」の文字も見え、側面には本多家の願主名がある。
場所 国分寺市西元町1丁目15
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