内藤神社の庚申塔(国分寺市日吉町)
昭和から平成、令和にかけて、中央自動車道府中インター付近は道路工事が続いている。国道20号線は甲州街道から離れて日野バイパスとなり、東八道路は当初の計画で日野バイパスに繋がるべくもう少しのところまで来ている。東八道路と交差する、多摩市からの都道17号線は大昔の鎌倉街道が現代になって幹線道路で再現している様子で、新府中街道とも呼ばれている。
その都道17号線は令和8年現在、内藤神社のすぐ西側まで延伸しており、その先の用地買収も進んでいる。とはいえかつての鎌倉街道は現在の府中街道筋で、新道は内藤神社方向に西よりにズレてはいる。内藤神社はかつてここが武蔵野の林であった江戸時代中期に、府中本宿村の内藤治助により内藤新田が開発され、享保19年(1734)に近江の日吉山王神社を勧請して創建された。
入口の鳥居の脇に大きな丸石(自然石)の庚申塔が祀られている。正面には「庚申塔」と彫られ、後ろに文政12年(1819)2月の造立年と、内藤新田の銘が刻まれている。この庚申塔は元は日吉町の内藤橋(中央線の線路を越える橋)際の土手にあったらしい(日吉町1丁目39)。
場所 国分寺市日吉町4丁目11-14
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