延命講子育地蔵尊(文京区関口)
地下鉄江戸川橋駅から南下する江戸川橋通り付近は新宿区と文京区の境が複雑に入り組んでいる。大体この2区の境界が複雑なところは神田川の昔の流程が絡んでいることが多い。その為路地のお隣やお向かいと行政区が異なるなんてことが頻繁に起こる。行政は民間が1年で変わることを100年変えられないという性格がある。まだ伊勢神宮の式年遷宮の方が変わり身が早い。
地蔵通り横丁商店街は文京区関口になる。江戸川橋通りの入口角に立派な地蔵堂が建っている。中には子育地蔵が祀られている。造立年は不詳。ガラスに説明書きが印刷されている。
「子育地蔵(火伏せ地蔵):三方を台地に囲まれたこの地が一面の田畑だった頃、近くの江戸川(神田川)がしばしば氾濫した。この地蔵尊は明治の初めにいずこから流されてきて、ここに留まったものと言い伝えられている。以下略」
後年、この周辺が戦火を免れたことから火伏地蔵としても信仰を受けるようになった。地元では延命講を作って地蔵をお祭りし続けているとのこと。堂内には欅の板に講中の面々の名前が刻まれた昭和31年(1956)の額が飾られている。江戸時代はこの辺りは西の中里村、東の小日向村の境で、北にも南にも武家屋敷が迫る都会の農地だったようだ。
場所 文京区関口1丁目7-4
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