百草六地蔵と庚申塔(日野市百草)
日野市の百草地区はもともとほとんどが山である。元来の百草の集落はこの山の中腹にある細長い集落で、今も昔と同じような風景でまばらに家が並んでいる。野猿街道側(東側)から山に入っていくと、途中で折り返すようにつながって山に登る道がある。途中から車両は通れない道になって尾根に出るが、これが元々の百草の集落の主要道である。
尾根筋に出ると道が二手に分かれるが、その分岐脇に小高い高まりがあり、たくさんの石仏が並んでいる。簡易なトタン屋根に覆われて8体の石仏がある。どうも寄せ集めっぽい見栄えだが、中央に丸彫の地蔵尊(首欠)があり、その両脇に舟型光背型の地蔵菩薩が並ぶ。
造立年は分からない。一部の基壇が土中に隠れている部分に「安永6年(1777)」の年号が見える。「安」の字と、「六」と「丁」の文字が見えるので丁酉である安永6年と推定した。
左端にある駒型の庚申塔は唯一保存状態がいい。日月はない。青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄である。造立年は元文元年(1736)11月。「武刕多摩郡百草村 願主 庚申供養」の文字が読める。端にあるが主役としてもいいかもしれない。
六地蔵の右手には摩滅と剥離がかなり進んだ道祖神が立っている。「道祖神」の文字が正面に大きく書かれ、右側面には万延2年(1861)正月の造立年と百草村の銘がある。ちょっとした山登りの先に出会える、うれしい石仏群であった。
場所 日野市百草452
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