西町神明社の石仏(国分寺市西町)
西町神明社は国分寺崖線にある多摩川の古い河岸段丘に鎮座する神社。この崖線に沿っては中藤新田という集落が享保年間に開拓されたので、おそらく創建もその時代と思われる。崖下の道は古道で、今も崖線に沿って国立駅付近まで道は続いている。隣接する観音寺は神社の別当寺。
社殿は崖線の上にあるが、古道は下を通る。中藤新田に入植したのは今の武蔵村山市にあった中藤村の人々であった。崖線は西町神明社の周辺のみが昔の雰囲気を残している。周辺の崖地はほぼ均されて、ここが河岸段丘であることは分からないが、神社の境内に入るとそれを目の当たりにする。
境内に入ってすぐ左側に平成5年に皇太子が植樹されたクスノキがあり、その手前に笠付角柱型の弁財天が祀られている。安永6年(1777)9月の造立で、「武州多摩郡中藤新田辨天新田講中」の銘がある。入植して落ち着いた時代のもので、崖線から湧き出す水をお祀りしたものではないだろうか。
弁財天と対をなす位置には、同じく対をなす皇太子植樹のクスノキがあり、その手前に笠付角柱型の庚申塔が立っている。日月、青面金剛像、三猿の図柄で、三猿は基壇に埋まるように彫り込まれている。造立年は明和4年(1767)11月で、前述の弁財天より10年ほど古い。こちらにも「辨天新田中藤新田講中」の文字がある。新田の位置が左右入れ替わっているのは何故かわからない。
場所 国分寺市西町2丁目27-10



























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