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2026年7月25日 (土)

佐伯家の石仏(立川市栄町)

立川通りから分岐した高木通りを東進する。高木通りは高木八幡前を通り、国分寺市の新町三丁目まで続く。三叉路から200mほど行くと、生け垣に囲まれた佐伯家があり、生け垣の隙間に石仏が並んでいる。

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地蔵菩薩のみが覆屋の中にある。この地蔵は愛宕地蔵と呼ばれるもので、ここから北に300mほどの高校の裏手にある愛宕神社に関係する地蔵。子供の夜泣きや病の時に、前掛けやタスキなどを借りて治ると新しいものを奉納する習わしらしい。地蔵そのものは八軒の共同所有とのこと。

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丸彫地蔵の基壇には「三界万霊」の文字があり、造立年は安永7年(1778)9月とある。左右には道標が刻まれており、「左 江戸道 願主芋窪新田、砂川新田」「これより 小川、▢沢道」の文字がある。

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隣にあるのはかなり新しい青面金剛像である。ということは庚申塔ということになるが、正面の「奉納 南砂川有志」以外の文字は見えなかった。史料によると、ここには以前舟型の庚申塔があり、それは文化4年(1807)のもので、願主は内〇源助とあったらしい。過去にあったものも今のものも、三面六臂の青面金剛像で、三猿はない。

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庚申塔の右、垣根に少し隠れているのが大きな常夜燈。造立年は天保9年(1838)11月で、正面には「奉献愛宕大権現」、左右には「秋葉さん大権現、榛名山大権現」の文字がある。台座には「多摩郡村中 多摩郡芋久保新田」の銘がある。この燈籠も八軒の共有で、愛宕神社まで行かずにこの燈籠で手を合わせて拝んだものらしい。

場所 立川市栄町2丁目40-1

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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