観音堂裏の馬頭観音(日野市百草)
百草観音堂の南側には、百草園通りの脇を流れる細流と、西から流れる細流が合流する。ここは倉沢谷戸という名前の小さな谷で、昔から細い杣道があったようだ。1960年~70年代にこの西側の山を大きく開発してできたのが百草団地で、標高90m~120mほどのところに山を切り開いた一台住宅地が広がる。
南側の側道から観音堂の土手を見上げると、土手の斜面に2基の石仏が立っていた。右の櫛型角柱型の石仏は馬頭観音。嘉永6年(1853)4月造立で、施主名は伊右エ門とある。左の新しそうな駒型の石仏も馬頭観音で、「馬頭観世音菩薩」という文字が彫られている。こちらの施主は増嶋吉太郎、造立年は明治10年(1877)7月とある。
場所 日野市百草818-1
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