古甲州街道の庚申(日野市日野)
日野市にあった雪印メグミルク工場は会社の不祥事で事業をたたまざるを得なくなり、50年間の営業が2014年に終了した。現在は食品関係の配送センターになっており、日野自動車工場も閉鎖されて、日野市全体が少し沈んでしまった雰囲気は否めない。そのかつての雪印メグミルク工場の跡地の近くの路傍に自然石の庚申塔がある。
アパートの駐車場の隅切りの部分に電柱と共存するように立っている自然石の庚申塔は、正面に「庚申塔」の文字があり、脇に「万延元年(1860)8月」の造立年が刻まれている。住宅街の一角で、なぜこんなところにあるのかいささか不思議な気がした。
調べてみると、工場跡とこの住宅街の間のまっすぐな道は江戸時代の初期の甲州街道であった。江戸幕府を開いた頃は府中宿を出ると国立の青柳村から万願寺の渡しを通ってここがその途中だった。貞享元年(1684)に多摩川の流路の変化から、上流の日野の渡しに代わったことで、立川の柴崎村から日野宿への筋が甲州街道に代わったのである。しかしこの庚申塔は街道変更から2世紀も後のものなので、街道にあったものではないが、江戸時代末期もこの道は普通に使われていたことが分かる。
場所 日野市日野1573-1
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