辨天八幡宮の庚申塔(国分寺市西町)
国分寺市西町にある辨天八幡宮は榎戸新田弁天組が開発された享保13年(1728)に創建。新田開発は享保10年(1725)に行われたので、それから間もなくの創建になる。
境内はそこそこだが小さな社で新田の神社らしい雰囲気が残る。辨天というからには水が湧いているかと思ったが見当たらない。もともと横田家という家にあった稲荷を移したものらしい。
鳥居の北側にぽつんと庚申塔が祀られている。角柱型と言っていいだろうか。青面金剛像、邪鬼に桃持の烏帽子の一猿の図柄で珍しい。青面金剛はショケラを下げている。造立年は文化11年(1814)で、「中藤新田、弁天(新田)、芋久保平・・」などの文字が基壇の下にあるようだ。この辺りは江戸時代末期は上保谷新田という地名で、五軒屋とも呼ばれた。国分寺崖線下でどこかに水は出たのだろう。
場所 国分寺市西町2丁目30-1
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