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2026年8月21日 (金)

富士見町の石仏(立川市富士見町)

奥多摩街道の滝の上会館入口バス停の傍に石仏他が並んでいる。滝の上会館は石仏の西側から入っていったところにある地域コミュニティーセンター。「滝の上」というからには滝があるわけで、おそらく西200mにある残堀川大滝のことだろう。玉川上水から取水した用水路が、河岸段丘を落ちる流れが滝になっている。

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左端は新しいもので「交通安全地蔵尊」とある。奥多摩街道は事故が多いらしくあちこちに交通安全地蔵が見られる。古い片側1車線の歩道なしの幹線道路だが、街道筋で民家が張り付いているので拡幅は難しい。近年国道20号から都道になった甲州街道も同様である。交通安全地蔵は昭和61年(1986)12月の建立。建主鈴木栄一の名がある。覆屋の右側は燈籠。寛政9年(1797)4月の造立。史料の写真を見るともっと傷みが甚だしいが、昭和61年12月に交通安全地蔵と同時期に再建されている。「秋葉大権現」とあり、昭和の初期までは毎夜燈明を点けていたという。

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覆屋の中には3基の石仏。左は舟型光背型の庚申塔。日月、青面金剛像、三猿の図柄で、造立年は元文6年(1741)2月。昔は別の場所にあったが空襲で焼けたときにここに移したという。中央の丸彫地蔵坐像は弘化2年(1845)3月の造立。「天道念仏講」によるもので、昔は毎年2月1日に地蔵の前にむしろを敷き、日の出と同時に念仏を唱え、陽が沈むまで祈ったらしい。右端の丸彫地蔵菩薩立像は資料によると寛保元年(1741)2月の造立だが、基壇には元文6年とありこれは間違いとされている。おそらく別の石仏の台石を拝借したのだろう。

場所 立川市富士見町4丁目15-18

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