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2026年8月12日 (水)

柴崎分水の石仏(立川市柴崎町)

柴崎分水は玉川上水からの分水。元文2年(1737)に玉川上水の松中橋付近から取水が許された。昭島の北に現在もある松中橋から昭和記念公園の中を流れ、青梅線をくぐって富士見町で滝のように落ちる流れは、今は残堀川の流程になっている。柴崎町に入ると南北に分水の支流が見られる。

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奥多摩街道の裏道に一跨ぎできる程度の流れがあり、生い茂った植物の間に「柴崎分水」の説明版がある。かつては周辺の重要な水の供給源になっていたようで、今も流れはきれいである。この草いきれの中に燈籠の天板のみが少しだけ見えている。かつてここにあった常夜燈で、造立年は不明。「秋葉大権現 横町講中」の文字があり、裏には〇〇6年3月の文字。年は推定も困難だが、元文年間以降であろう。

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いただいた画像だが、右の石塔が常夜燈である。左に基壇が残り、手前に石塔が倒れているが、これは元は笠付角柱型の庚申塔だったという。正面には「庚申供養塔」の文字、右面には「講中」の文字があり、元文5年(1740)12月の造立と資料には書かれていた。石川博司氏の情報では三猿もあったらしい。

場所 立川市柴崎町1丁目10-11

東京:時代の痕跡を歩く(ぼのぼのぶろく)

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