東の地蔵(日野市日野)
日野本宿の東、警察署の手前の丁字路は古い甲州街道と、さらに古い甲州街道との分岐である。江戸時代の貞享元年(1684)、それまで使われていた万願寺の渡しが流程変化により廃止となり、代わりに日野の渡しが設置された。かつての国道20号線が開通するまでは、北に折れて日野の渡しを通るのが大正末期までの甲州街道である。
立日橋に向かって北に折れてすぐに道路の東側に小さな墓所がある。その墓地の南端にあるのが東の地蔵(別名福地蔵)である。地蔵の手前には比較的大きなくし形角柱型の馬頭観音が立っている。「馬頭観世音菩薩」の文字があり、造立年は文化8年(1811)3月と刻まれている。馬頭観音と街道は切っても切れない関係。
奥の覆屋に収まる丸彫の地蔵菩薩坐像が東の地蔵。基壇の正面には「地蔵尊」の文字があり、造立年は明治38年(1905)10月と書かれている。地元の地図では福地蔵とある。東の地蔵という名前は日野宿の東の入口にあったことから付いた名前で、福地蔵というのはもともとこの地蔵を祀った下河原の人々の呼び名のようだ。この地蔵の台座は再建ものらしく、江戸時代には別の福地蔵があったという。地蔵本体が再建かどうかは分からない。
場所 日野市日野1621
| 固定リンク | 0




コメント