下河原観音堂(日野市日野)
日野バイパスが開通して国道から都道になってしまった甲州街道。日野警察署の少し北東の向かい側に頑丈な観音堂が建っている。下河原観音堂と呼ばれているが、江戸時代の甲州街道からは少し外れている。この辺りは下河原という集落で、少し西からが日野宿であった。
堂宇の周りにはいくつかの石仏が祀られている。左側には六地蔵とおもいきや、5体の丸彫地蔵が並ぶ。造立年などは不明。その手前の地蔵と馬頭観音の方が由緒はありそうだ。
左の駒型の石塔が馬頭観音。正面には「馬頭観世音」の文字がある。造立年は大正12年(1923)11月で、施主は大野氏とある。右の舟型の地蔵菩薩は年代は摩滅していて読み取れないが江戸時代後期だろうか。「寒念仏供養」の文字がある。
堂宇の裏手に回り込むと、大きな角柱型の馬頭観音が祀られている。新しいもので、正面には「馬頭観世音菩薩」の文字。基壇には「講中」とあり、願主名が多数刻まれている。造立年は昭和4年(1929)3月の建之とある。
堂宇の中だが、頑丈に戸締りされており穴からのぞくのが精いっぱい。中にあるのは、石川博司氏の史料によると、角柱型の庚申で、日月、青面金剛像、邪鬼が陽刻されているようだ。二十三夜講中の文字があり、宝暦7年(1757)11月の造立。左に少しだけ見えているのも角柱型の庚申塔で、「庚申供養塔」の文字と三猿があるらしい。造立年は安永3年(1774)11月とのこと。もっとしっかり見たいがこれが限界だった。
場所 日野市日野1501
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